ニンドリが目指すもの – 1

「ニンドリ」と聞いて鳥ではなく任天堂系ゲーム雑誌を思い浮かべるなら、あなたはかつてのニンドリ読者であり、また今のニンドリ読者の親世代であるかもしれない。

2019年 (令和元年) 5月現在、「Nintendo DREAM (ニンテンドードリーム)」通称「ニンドリ」は創刊以来ひと月も途切れず一貫して出版が続けられている唯一かつ最大手の任天堂系ゲーム雑誌であるとともに、最も「変わらない」安心感を大切にしてきた雑誌である。

Nintendo DREAM vol.303 2019年7月号
最新刊「Nintendo DREAM vol.303 2019年7月号」
近年は「UNDERTALE」に力を入れている。

ひらめきからの出発

ニンドリは1996年 (平成8年) 、任天堂からNINTENDO64 (ニンテンドウ64) が発売されたのと同時期に「64DREAM (通称 ロクドリ) 」として創刊した。大手であるメディアワークス (現 角川系列) の「電撃Nintendo64 (通称 デンロク) 」が前身の任天堂系ゲーム雑誌からの継続であったのに対し、ニンドリは初代編集長となる左尾昭典 (通称 サオヘン) 氏をはじめとする多くの編集者がゲーム雑誌に携わったことのないメンバーであった。

当時の競合誌「デンロク」は老舗ゲーム雑誌「マル勝ファミコン」の流れを汲み、一冊の攻略本にも迫るような濃い攻略情報、コアファン固唾の新作ゲーム情報、そしてライターの中川大明 (通称 だいめー) 氏主宰の (良い意味で) オタク度満載かつ濃厚な読者投稿ページ「ゲームの素」を擁する、多方面にきわめて強力なゲーム雑誌として知られていた。NINTENDO64が伸び悩み初代プレステが躍進する時代背景が異なっていれば、その後も人気雑誌として現在のファミ通に匹敵する存在にまでなれていたかもしれない。

余談だが、P2y.jp運営代表アポロ船長はデンロクとニンドリを毎月21日に「二刀流」で購入するのが楽しみとなっていた。

実際NINTENDO64の発売年にはニンドリをはじめ多くの「ロクヨン専門誌」が創刊したが、その後のNINTENDO64の伸び悩みやデンロクの支持の厚さに阻まれ、次々廃刊へ追い込まれていった。そんな中唯一生き残ったのがニンドリ (当時はロクドリ) であった。

まず誌名に「DREAM (夢)」と名付けた所からそれは始まった。当初の誌名候補は「64WORLD」であったが、サオヘン氏のひらめきにより「64DREAM」に変更された。後に宮本茂任天堂代表取締役フェローが読者に夢を届ける雑誌であると賛辞を贈ることになる「ニンドリ」誕生の瞬間であり、ここから他誌と一線を画するニンドリの歩みは始まったのである。

ゲーム雑誌はほぼ無経験のメンバー、しかもライバル誌が強力であり、同業他社も次々撤退に追い込まれるという状況。ニンドリが活路を見いだしたのはデンロクとはまた異なる形の「読者とのつながり」と「家族揃って楽しめる安心感」であった。

読者投稿ページあってのニンドリ

まず力を入れたのは読者投稿ページ。ライバル誌・デンロクには「ゲームの素」という強力な読者ページがあったが、当時の電撃系ゲーム雑誌らしく、いわゆるオタクネタや性的ほのめかしを示唆する投稿も広く許容されており、誰でも安心して参加し楽しめる読者ページとまでは言い切れなかった。

逆にそれほどまでにコア・オタク方面に振り切っていたからこそ「ゲームの素」はデンロクにおける強力な読者ページとなったとも言える。

ニンドリはデンロクとは異なる方向の読者投稿ページを模索していくことになる。そしてそこから生まれた「読者とのつながり」や「家族揃って楽しめる安心感」が、その後の23年間、今日までのニンドリをニンドリたらしめ、支えていくことになる。

ニンドリの読者ページを開くとファンクラブと称したゲームシリーズ毎のイラストや、4コマ漫画、一発ネタまで、一見低年齢向けの構成に見えて幅広い読者からの投稿であふれているのに気付く。現役子供世代だけでなく、その父母世代からの投稿も少なくない。

正直、出版不況のネット時代において、これだけの読者投稿ページを維持し続けているというのは異例と言ってよい。そしてその「読者投稿ページあってのニンドリ」というスタイルは、創刊以来ほとんど変わっていない。これらは「読者とのつながり」や「家族揃って楽しめる安心感」を育んできた今日までのニンドリの歩みの賜物なのである。

他方、ニンドリはデンロクとはまた異なるコアな方向へも読者ページを通じて模索している。ロクドリ時代に連載された「64フォーラム」は当時国内で低迷していたNINTENDO64の現状や、それを打開出来ず市場シェアを失い続ける任天堂に対する厳しい意見…ファンであるがゆえの悲痛な叫びを容赦なく掲載し続けた。なぜロクヨンは売れないのか、低迷している今の任天堂のファンであることに対する劣等感、プレステを見習え等々と言わんかのような批評の数々。任天堂に最も近い雑誌でありながら、遠慮なしのガチンコで、そうした読者=熱い任天堂ユーザーの生の声をダイレクトにぶつけ続けたのである。

もしニンドリがゲーム雑誌の編集経験豊富なメンバーを中心に始まっていたなら、64フォーラムは決して生まれることのなかった読者ページだっただろう。こんなページを連載すればメーカーの怒りを買い、情報提供も打ち切られ、廃刊に追い込まれるようなものだと同業他誌の関係者は思ったかもしれない。しかし紆余曲折を経て、ニンドリは現在任天堂から最も信頼される雑誌としての地位を確立している。むしろ64フォーラムのようなガチンコの読者ページが、根強い読者の獲得とともに任天堂にも響いていたのかもしれない。

現在ニンドリでは64フォーラムのようなページは姿を消しているものの、ゲームにまつわる規格や技術といったコアな情報を解説する「デス仙人」の連載コラムなど、ニンドリならではのコアなページの方向性を確立する上で大きな役割を担ったことは間違いないだろう。

「変わらない」安心感で23年

2001年 (平成13年) 3月、ついに誌名が現在のニンドリ (Nintendo DREAM) へと変更となる。ゲームキューブへの移行に伴い「64」は消えたが「DREAM」は残ったのである。その後「Nintendoスタジアム」との統合、刊行ペースの変更、サオヘン氏をはじめとする創刊メンバーの勇退、読者からの編集長 (冠美花/通称りふぁ氏) 誕生等紆余曲折を経て、今日まで続いている。

この間、ネット・SNSの普及や出版不況に伴う環境の変化もあり、デンロクなどニンドリ以外の競合誌は軒並み方向性の変更を余儀なくされ、極端な低年齢向けにシフトするなどして読者を失った末に不定期刊行や読者投稿ページの廃止に追い込まれた。こうした傾向はニンテンドーDSやWii、今日のNintendo Switchが成功した最中であっても同様である。

しかしニンドリだけは、こうした激動の中でも方向性を全く変えず今日まで続いている。もしあなたが10年前にニンドリの購読を止めていて、ふと今日久しぶりに最新刊のニンドリを手にとったとしても、そのあまりの変わらなさと安心感に心温まることだろう。それほどまでに、ニンドリはニンドリであって、他の何にも変わっていない。

一体なぜニンドリは、創刊以来23年間も「変わらない」スタイルを貫き通し、もはやゲーム雑誌業界でも唯一無二に値する存在にまで至ることが出来たのか。それについては、また次回。

Nintendo DREAM Web NDW

アンビット

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