キズナアイからの卒業

地球は人類のゆりかごである。だが人類はゆりかごに永遠に留まってはいないだろう。

コンスタンチン・ツィオルコフスキー

今日のVTuberのフォーマットはキズナアイが確立したものがベースとなっている。しかしキズナアイが事実上第一線から退いた今、そこから生まれた様々な課題もまた克服すべき段階に来ているのではないかと考える。いわば「キズナアイからの卒業」とも形容できるかもしれない。

「魂 (演者/ボイスモデル)」の所在と労働問題解決

「VTuberには演者/ボイスモデルとしての”魂”が存在するものの、表向きにはそれを表明してはならず、黒子に徹さなければならない」

これはキズナアイ以降の多くのVTuberにおける大前提であり、現実には魂の演技によるものの表向きには”バーチャルキャラクターの演技”として存在を明かしてはならなかった。キズナアイ以前の「ウェザーロイド Type A Airi」はウェザーニューズ社の山岸愛梨キャスターが演者である点を隠していなかったが、キズナアイは「AIとしてのバーチャルキャタクター」として演者を秘匿しており、それ以降のVTuberもキズナアイを倣ってほぼこのルールを採用している。

しかし現実の労働問題や人間の承認欲求といった観点においてもこの様な (魂にとって些か理不尽な) ルールはとても長続きするものでないのは自明であった。

人間はAI=機械ではない。どれほど良い仕事をしてもそれを自らの名による成果として世間では認められない、明かしてはならないという苦しみと、それをフォローするための労働上のサポート不足は、魂を演じる者に終わりなきプレッシャーを与え続ける。今日のコンピューターやAIの概念を発明した英国の数学者アラン・チューリングは第二次世界大戦中にナチス・ドイツの暗号エニグマを解読する成果を挙げていたにも関わらず、戦後は軍事機密としてそれを口外出来ずに苦しみ、悲劇的最期を迎えるまで自らの口で明かすことも出来なかった。

それと比べれば時代も社会的意味も規模も大きく異なるものの「一切口に出来ない苦しみ。黒子に徹せよという苦しみ」を強いる現在の多くのVTuberのスタイルは人権面においても問題が指摘されるところであり、この問題を解決していかない限りは多くのVTuberも今後キズナアイやゲーム部プロジェクトと同じような最後を迎えることにもなりかねないだろう。

ここでは一つの提案として、前述のウェザーロイド Type A Airiの「マネージャー」として演者の山岸愛梨キャスターが位置づけられている点に倣い、VTuberの「マネージャー」という位置付けにて魂を担う演者の名前を公開することも十分有り得るのではないかと考える。

反社会的運営体質からの脱却

今年2019年 (令和元年) はIT企業「DeNA (ディー・エヌ・エー)」がプロ野球球団「横浜DeNAベイスターズ」の経営権を獲得してから7年となる。

それ以前の同社は一斉を風靡したSNS「モバゲータウン」などを運営する新興IT企業として名を馳せたが、独占禁止法違反やモバゲーを通じた児童に対する被害といった社会的問題を相次いで抱えていた他、 南場智子社長 (当時) が公の場において「任天堂やソニーは人間で言えば還暦を過ぎている」と述べる等、とても球団経営に乗り出せるほどの社会的責任を担えるに値する存在ではなかった。

しかし横浜球団の獲得後、同社運営の「WELQ」を巡る問題などを経て (少なくとも表向きは) 社会的責任を果たそうと往年の同社とは比べ物にならない一つの大企業として至っている。現在のDeNAが誠実かどうかは議論の余地があるが、少なくとも球団経営を担う企業としての社会的要請や圧力に対応し、体質や姿勢を変えてきているのは事実だろう。嘗て「還暦を過ぎている」とした任天堂とも2015年 (平成27年) に提携するに至っている。

現在大企業と目される企業も、黎明期には (現代から見れば) 違法に相当するようなビジネスや死の商人と称されるような商売で足場を固めた所も少なからずあるだろう。仮に出自が反社会的であっても、社会的責任が求められる立場となったのであれば自然とそれに応じて企業としての体質や姿勢を律していかなければならないのである。

キズナアイのActiv8も本来そうなって然るべきであった。しかしActiv8はキズナアイが急浮上しても従来の体質を改めることが出来ず、今日のような末路を歩むに至った。

現在VTuberを運営する企業のいくつかは反社会的ではないかと批判される向きがあるが、今後こうした体質を真に改めていくことが出来なければ今後も様々な問題が相次ぎ、社会的責任から背を向けているとの誹りも免れず、キズナアイのActiv8やゲーム部プロジェクトのUnlimitedと同じような未来が待ち受けている可能性は決して低くはないだろう。

哀しみのキズナアイ 無為無策が招いた末路

キズナアイ”運営崩壊”か 尖閣諸島と台湾を中国領と政治的発言

キズナアイは「終わる」のか

VTuberカテゴリの最新記事