AI歌手・美空ひばりの衝撃 技術進歩と集約象徴 なし崩しへの危惧も

NHKが12月31日大晦日放送予定の「第70回NHK紅白歌合戦」の目玉企画として、AIやボーカロイド技術により”復活”させたAI歌手・美空ひばりを出演させると発表したことに反響や賛否が巻き起こっている。

第70回NHK紅白歌合戦 “AI歌手”美空ひばり出演に賛否

“AI歌手・美空ひばり”は9月29日放送のNHKスペシャル「AIでよみがえる美空ひばり」で制作の様子が初めて取り上げられ、ヤマハのボーカロイド担当スタッフや秋元康氏、天童よしみ氏が参加しての本格的な美空ひばり”復活”プロジェクトとして大きな反響を呼んだ一方「死後の歌手をAIなどを用いて”復活”させる」事への賛否も少なからず呼んでおり、今回の紅白歌合戦への”出演”に対しても人々の間で賛否が入り交じっている状況だ。

今回は”AI歌手・美空ひばり”が生まれた背景にある技術的進歩と集約、そして法的・倫理的問題等について掘り下げてみたい。

NHKスペシャル「AIでよみがえる美空ひばり」

ボカロ、AI…最先端の技術が一つに集約

“AI歌手・美空ひばり”を生み出した技術はボーカロイドやAIだけでなく、今日のバーチャルYouTuber (VTuber) に用いられている要素も内包している。長年にわたり地道に進化を重ねてきたこれら技術が一つに集約されたことが何よりも大きく、その成果の一つの象徴ではないかとも考えられるだろう。

AI 暴力的なまでの進化

今日のAI (人工知能) という概念は歴史上初めてコンピューターを発明した英国の数学者アラン・チューリングに遡る。相手が人間に相当する知能を持つ機械かどうかを判別する「チューリングテスト」など、後のAI開発と進歩に与えた影響は極めて大きい。

そして今日のAIの進化は凄まじく、既に人間を上回る能力を得るまでに至っているものも少なくない。人海戦術では敵わないほどの情報量を扱えるに至り、まさに今も暴力的なまでの進化を重ねている。NHKスペシャル「ダビンチ・ミステリー」ではレオナルド・ダ・ウィンチの言葉をビッグデータとして解析する試みも紹介された。

NHKスペシャル ダビンチ・ミステリー 第2集 “万能の天才”の謎 〜最新AIが明かす実像〜

NHK

2045年 (令和26年) にはAIが人間の知能を超える「シンギュラリティ (技術的特異点)」が起きるのではないかとの議論もある中、まさに今最もホットな分野として個人から企業、国家までもがAIの開発・研究に力を注いでいる。

VOCALOID 音声合成技術の進展

ヤマハが開発した歌声音声合成技術「VOCALOID (ボーカロイド/ボカロ) 」。今では初音ミクの歴史的成功とムーブメントによって多くの人々の知るところとなっているが、AI歌手・美空ひばりの開発においてもヤマハのボーカロイド担当スタッフが重要な役割を担っている。

近年の音声合成技術の進歩は目覚ましくボカロを凌ぐものも珍しくはない。その中で歌声に特化した技術を進展させてきたボカロの成果は計り知れないものがあるだろう。

VTuber “バーチャルタレント”の確立

2012年 (平成24年) 12月7日、現在バーチャルYouTuber (VTuber) と呼ばれるスタイルとしては世界初となるバーチャルタレント「ウェザーロイド Type A Airi (ポン子) 」の3DCG配信が初めて披露された。モーションキャプチャーによるリアルタイムの生配信は注目を集め、今日のVTuberスタイルにも大きな影響を与えている。

抜け落ちた法的・倫理的問題の議論

かつて人々を大いに魅了した歌手やタレントが、最先端の技術で蘇る―。

一見これは大変素敵なことではないかと思えるし、かつてその人物を追っていた人々にとっても注目に値するものである。しかし一時の興味や欲求のために「死後の歌手をAIなどを用いて”復活”させる」 「これらを死後の本人に無断で行う事への法的・倫理的問題」への議論を見過ごすことはあってはならないだろう。

今回NHKが”AI歌手・美空ひばり”の開発・公開を決定した背景は不明だが、良くも悪くも人々にこれら問題を投げかけるものとなった。だがそれはNHKスペシャルでの公開に留まっていればの話であり、それら議論が抜け落ちたまま更に紅白歌合戦へと”出演”させるというのはあまりにも性急が過ぎる。

誰も損しないのだから良いではないか、次は誰々をAIに…等々、果たしてこのままなし崩し的に許されていって済むものと言えるのだろうか。「死人に口なし」どころの話ではない。もし下記のような無邪気かつ無責任な流れが世論となっていくとするなら、その先にはあまりにも残酷な結果が待ち受けている事を覚悟しなければならない。

紅白ひばりさんの次は“AI裕次郎”!?NHKの4K・3Dホログラム技術に期待

東スポWeb

人間性を心に

スティーブン・ホーキング博士

全身の筋肉が萎縮していくALS (筋萎縮性側索硬化症) の難病を抱えながらもその頭脳一つで宇宙誕生の謎や「ホーキング放射」などの理論を確立し、2018年 (平成30年) 3月4日に死去した “車椅子の天才” 理論物理学者のスティーブン・ホーキング博士は後年インテルの音声合成装置を用いて人々とコミュニケーションをとっていた。

その声は無機質かつ今となっては技術的にも古いものであったが、ホーキング博士はこの声によって多くの人々が自身を思い起こさせ親しみを持ってくれるとして晩年まで使い続けたという。

初音ミクをはじめとする今日のボカロにおいても、ホーキング博士の例と同様あえて初期の機械的ぎこちなさを反映した歌声が支持されることも少なくない。単に人間の歌声に近づけるのではない、むしろそこに人間的な不完全さやユーモアを感じられる。初音ミクが多くの人々を魅了し続けているのもそうした点にあるのかもしれない。

ホーキング博士は晩年、AIが人間を超える事への危惧を口にしていた。「我々はランプの魔人ジーニーを解き放ってしまった。もはや後戻りはできない」「AIの開発は進めてゆく必要があるが、危険とまさに隣り合わせであることを心にとめておかなくてはならない」となし崩し的にAI開発に猛進する人類への問いを遺し、旅立っていった。

ホーキング博士が遺したメッセージ:わたしはAIが「人間を超える」可能性を恐れている

WIRED

今回の”AI歌手・美空ひばり”という一つの姿。私達は人間性を心にとどめ、向き合っていかなければならない。

[NHKスペシャル] AIでよみがえる美空ひばり | 新曲 あれから | NHK

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